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第18回年次大会(2008年)実施報告・発表概要

日 時:2008年3月8日(土)12:45~16:40

場 所:和光大学 A棟4階 第2会議室

〒195-8585 東京都町田市金井町2160 TEL 044-989-7497(学部事務室)

大会運営委員長:永谷万里雄(青山学院大学非常勤)

大会運営委員:仙土真由美(帝京大学大学院博士課程修了)

開催校委員:植村  洋 野村 忠央 松永  巌(和光大学)

プログラム:

◆12:45 開会の辞

会 長 藤田 崇夫(浜松学院大学)

◆12:50~16:00 研究発表

★12:50~13:20

「現代英語における補部に生起する叙想法現在について」

長久保礼一(南山高等学校男子部・名古屋大学大学院)

 本発表では、補部に生起する叙想法現在が大学入試英語で問われるときの問題点を指摘した。叙想法現在に関する文法問題は客観形式で問われることが多いが、選択肢に叙実法が含まれていることが多々ある。イギリス英語の使用実態をWordbanksOnlineコーパスで観察するとnecessaryやessentialのような形容詞の補部では頻度において叙実法が生起することが多い。叙実法を無視して叙想法現在を選択させるという大学入試英語の出題形式はアメリカ英語が唯一の標準英語であるというメッセージを学習者に送ることになる。入試英語の実態を踏まえて作られる学習参考書において、そのイデオロギーが再生産されている過程がさらなる問題点であることも指摘した。

★13:20~13:50

「日英語の代名詞比較」

伊藤 達也(首都大学東京非常勤)

 本発表では目英語の代名詞を比較した。先行詞が物・動物を表す場合、種類レベルの指示代名詞として、英語では複数形のtheyが用いられるのに対し、日本語では単数形の「それ」が用いられることを指摘した。単数形の「それ」が種類レベルの指示代名詞として用いられるのなら、同じく単数形の「彼」も先行詞が人間を表す場合、種類レベルの指示代名詞として用いられることが期待されるが、そのようには用いられないことも指摘した。

★13:50~14:20

「思考動詞のLCSについて」

鈴木 泉子(津田塾大学非常勤)

 本発表では、日本語の「考える」「思う」といった思考動詞の語彙概念構造(LCS)について考察した。日本語の思考動詞には少なくとも二つの統語フレームが存在し、そのうち、「健康(のこと)を考える」のようにヲ格目的語のみを取るパターンと、「健康を大事だと考える」のように、ヲ格名詞句に加えてそれの補部を取るパターンを取り上げ、意味的・統語的な特徴を考察した。それに基づいて、前者は活動動詞の一種、後者は達成動詞の一種であると結論づけた。

〈14:20~14:30 休 憩〉

★14:30~15:00

「“government of the people”の解釈について」

野村 忠央(和光大学)

 本発表では、Abraham Lincolnの“the Gettysburg Address”(1863年)に現れるgovernment of the peopleの解釈について議論した。この問題については、日本でも古くから今日まで議論が存在するが、大別すると、(1)governmentが普通名詞(政府/政治)か動詞派生名詞(統治すること)か、(2)of の用法は何か(所有格、由来、主格、目的格など)、という2つの論点に集約されることを見た。そして、本発表では、この句の文法的見地からの解釈、歴史的経緯、各国語訳、現代英語での使われ方などを概観した上で、結論として、文法的には論の分かれる複数の解釈が可能であること、また、歴史的にはこの句の解釈が変化している可能性があること、しかし、現代英語母語話者は「人民に由来する政治」と理解する傾向が強いことを主張した。

★15:00~15:30

「いわゆる「斜格主語」について」

勝山 裕之(青山学院大学非常勤)

 英語を中心とする主格・対格言語においては、主語は必ず主格で具現するという事実から、古英語や独語、アイスランド語などのゲルマン語において起こる、いわゆる「斜格主語」という要素は、意味解釈の必要性から話題化の結果前置された目的語であり、それはIPの指定部の上の分節に移動しているということと、真の統語上の主語は、その内容が(英語の場合の)虚辞itであるproとして、IPの指定部の下の分節に不可視的に存在しているということを提案した。

★15:30~16:00

「Gem of the Ocean(August Wilson作、2003年)のAunt Ester像の変遷とAugust Wilsonの視点について」

伊勢村定雄(駒澤大学非常勤)

 August Wilson作、Gem of the Oceanで、Aunt Esterは初めて人間として等身大の姿を現す。しかしながら、Joe Turner’s Come and Gone (1986)ではすでにAunt Esterの原型的な人物が登場している。これが後の作品、Two Trains Running (1990)で神話化され、さらにGemで、具体的にEster Tylerとして結晶化して行く。Gemが発表された時、EsterはKing Hedley II (1999)ではもう亡くなっていた。こうした「触知できる(palpable)」存在へと移行していく過程の問題点を、Joe Turnerから最後の作品であるRadio Golf (2005)に至る系譜の中で、検証した。なお、その構成は以下の通り:1.PrologueとしてのBynum Walker。2.Two Trains Runningの中のAunt Ester。3.Gem of the OceanでのAunt Ester。4.Aunt Esterは何故男性ではないのか?5.Esterの年齢について。6.King Hedley IIでのAunt Esterの死の報告。7.Radio Golf;epilogueとしての1839 Wylie。

(※各発表は30分(=研究発表25分+質疑応答5分)です。)

◆16:00 閉会の辞

副会長 木内  修(東洋大学非常勤)

◆16:00~16:40 総 会

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